企業的農業経営における収益性追求と環境保全との矛盾及びその統合 甲斐　諭

1. エコノミーとエコロジーの矛盾と統合


（1）「外部効果」による「市場の失敗」と「組織」による「内部化」

国際化・市場開放が進展するなかで、農業経営は収益性を追求するために、規模拡大・多頭化・集約化を余儀なくされ、それらの行為が環境に負荷を与えてきている。特に、一部の企業的農業経営では、その傾向が強い。化学肥料、農薬、濃厚飼料を多投しての収益性の追求と環境保全とは矛盾する命題であり、この両者を如何に統合するかが、持続的農業経営存続の必要条件である。

本稿では、「市場の失敗」の視点から、(1)農業・農村の持つプラスの外部効果（外部経済、多面的公益機能等）を計測し、(2)企業的農業経営の持つマイナスの外部効果（外部不経済、例えば畜産環境汚染等）を検証して、(3)今後の環境政策遂行の機能分担としての「市場の機能」と国家等の行政機関をはじめ農業団体、集落組織等を含めた「組織の役割」及び具体的環境政策手段としての「経済的手段」、「直接的規制手段」、「普及・啓発」のあり方について考察する*1*2。

ただし、本稿で用いる「企業的農業経営」なる概念は、狭義の「企業利潤追求型農業経営」のみを意味しているわけではなく、企業的に行動している「大規模農業経営」、「多頭畜産経営」、「法人経営」等の広義の概念として用いている。

資本主義社会の資源配分は基本的には市場の機能に支えられているが、現実の社会は、市場の機能と「組織の役割」が補完されながら運行されている。換言すれば、経済活動を市場メカニズムだけに委ねていては機能障害に陥る可能性があり、それを「組織の役割」で補完する必要があることを意味している。農業・農村における資源配分もまた同様である。

市場メカニズムが最適資源配分に関して機能障害に陥る「市場の失敗」のケースは、(1)独占や寡占、(2)費用逓減、(3)外部効果（外部経済・外部不経済）、(4)多時点にわたる資源配分、(5)不確実性等である*3*4。

そこで、(3)の外部効果の場合に注目し、農業・農村における「外部効果の存在」と「市場の失敗」を例示しながら、地域環境保全問題について分析する。分析結果を踏まえ、地域環境保全対策としては、市場メカニズムのみならず、外部効果を「内部化」するものとしての国家等の行政機関をはじめ農業団体、集落組織等を含めた「組織の役割」が重要であることについて論究する*5*6*7*8。


（２）農業経営における作目別規模別環境負荷と保全対策

農業生産活動は、対象作目、生産方式、規模などにより、外部効果（特に、外部不経済）の発現は一様ではない。従って、地域環境に与える負荷と保全対策も複雑であり、地域環境問題の考察には、作目別・規模別の分析が不可欠である。そこで、本稿の外部不経済の考察には、土地利用型農業の稲作と資本集約型農業の酪農を取り上げ、それぞれに対して規模別分析を試みる。

分析方法としては、環境経済学、公共経済学、厚生経済学で多用されている私的限界純便益、社会的限界純便益等のミクロ経済学の概念を用い、それを統計資料を用いて計測することにより、具体的数量的な分析と考察を行う方法を採用する。

農業の持つプラスの外部効果の計測には、CVM（Contingent Valuation Method 仮想状況評価法)法を用い*9*10*11、稲作と酪農の投入財分析には農林水産省の『米及び麦類の生産費』、『畜産物生産費』、『農村物価賃金統計』の資料を用い、回帰分析法により、限界生産物を計測した。また、九州農政局の資料を用いて、畜産経営に起因する苦情発生件数の時系列分析を行い、さらに、その分析結果を確認するために九州内の多頭酪農経営、多頭肉用牛経営からの聞き取り調査を実施した*12*13。

甲斐　諭　H21. 1. 8

*1 植田和弘等『環境経済学』有斐閣ブックス、１９９１年。

*2 植田和弘等『環境政策の経済学～理論と現実～』日本評論社、１９９７年。

*3 野口悠紀雄『公共経済学』日本評論社、１９８２年。

*4 柴田植田『公共経済学』日本経済新報社、１９９８年。

*5 ポール・ミルグロム等・奥野正寛等訳『組織の経済学』ＮＴＴ出版、１９９７年。

*6 生源寺眞一『現代農業政策の経済分析』東京大学出版会、１９９８年。

*7 横川　洋「先進国の農業・農村環境政策」嘉田良平・西尾道徳『農業と環境問題』農林統計協会、１９９９年。

*8 横川　洋「農業環境政策の形成原理と形成条件～その基本論点～」横川　洋『農業環境政策の形成原理と形成条件に関する総合的研究』（平成９年度～平成１０年度科学研究費補助金（基盤研究Ｂ（２））研究成果報告書、１９９９年。

*9 嘉田良平・浅野耕太・新保輝幸『農林業の外部経済効果と環境農業政策』多賀出版、１９９５年。

*10 藤本高志『農がはぐくむ環境の経済評価』農林統計協会、１９９８年。

*11 栗山浩一『公共事業と環境の価値』築地書館、１９９８年。

*12 甲斐　諭「中山間地域における放牧による肉用繁殖牛の増頭戦略」九州農政局『九州における肉用繁殖牛の増頭戦略研究会報告』１９９８年。

*13 甲斐　諭「大規模畜産経営における経済性追求と環境保全の両立課題」『畜産の情報～国内編～』第１１９号、１９９９年。
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