環境倫理とはどういうことか－環境問題の捉え方 石坂　匡身

2. 環境問題とその認識


（1）環境問題が公害問題であった時代

■今日の文明、豊かな経済社会実現の始まりは、産業革命(18世紀に始まる)にある。英国に始まる産業革命は、工業生産の飛躍的拡大を齎したが、他方、国内では劣悪な労働環境、貧富の差の拡大を招来し、対外的には経済収奪の帝国主義を齎した。
20世紀は、産業革命による豊かさの実現という果実を産む一方で、労使の対立の先鋭化、全体主義国家、社会主義、共産主義国家の成立と破綻、そして、多くの国際紛争、戦争を招いた時代でもあったことは記憶に新しい。
こうした事態を克服するため、20世紀半以降、国際連合が活動し、自由貿易のための世界的枠組みも作られ、多くの独立国も生まれ、国内的にも、労働者の権利が認められ、社会保障制度も先進国から整えられてきた。

■こうした歴史の流れの中で、環境問題が国民生活の重要問題として積極的に意識され、対策が講じられるようになるのは20世紀後半である。
わが国でも、明治時代に足尾銅山の公害が問題とされた例はあるが、公害問題が環境問題として認識され、重要な課題として取り上げられるようになるのは、昭和30年代、40年代からである。
それは、経済の高度成長期、急速な重・化学工業発展の時代と重なる。
水俣病、四日市喘息、イタイイタイ病に代表される公害問題が顕在化し、訴訟が争われた。
SOX、NOX、粉塵などによる大気汚染、産業・都市排水などによる水質汚濁、土壌汚染、地盤沈下、騒音、振動、悪臭などの公害が問題となった。
産業公害に続き、都市生活の上では、更に、光化学オキシダント、ごみ問題、ヒートアイランド現象などが起きている。
こうした問題については、その原因となる事態への公的規制による発生抑止、PPP(原因者負担)原則による被害者救済、公的、私企業による公害対策などの措置が採られ、公害対策技術の進歩もあって、事態は急速に改善されてきた。
今日でも、規制違反は起るし、アスベスト問題、化学物質による環境への影響など新たな問題は生じている。
しかし、昭和30,40年代のような深刻な事態は克服されていると言えよう。現在、どの先進国においても、わが国とほぼ同じような状況にある。開発地上国では、今後、先進国の対応の経験を踏まえて手立てを講じてゆくこととなろう。
この問題については、対応する制度の構築が可能であり、対応する技術もあり、国民の意識の高まり、周囲の監視の目が必要であるが、将来とも、乗り越え得る問題であろう。
今、そして今後、解決してゆかねばならない問題は、1で述べたように、これとは異なる、より根の深い、今日の文明のあり方、人類の未来に関わる問題であり、それだけに、グローバルな認識の共有と具体的方策の共有が求められる問題である。



（2）古代文明の盛衰と環境問題

■古代文明の盛衰にも環境問題と関わるものがある。
シュメール、インダス、イースター文明の3つを取り上げ、その盛衰と環境問題の関わりを見てみよう。

① メソポタミアのシュメール文明
シュメール文明は、世界最古の文明の一つである。メソポタミア南部のチグリス・ユーフラテス河流域に、紀元前4300－3500年頃には治水灌漑農業が成立し、灌漑のための大規模な土木工事を行いつつ、メソポタミア南部のウルの大規模な都市に麦を供給し、文明は繁栄した。
しかし、やがて、灌漑用水に含まれる塩類が次第に土壌に蓄積し、集積が進み、また、上流は都市化に伴う森林の伐採もあって土壌の侵食が進み、河川に流入した土が下流に堆積、灌漑用水路の閉塞を齎したほか、沈泥には塩類が含まれ、これがまた塩害を加速した。
こうしたことから紀元前2100年前後には、大麦の収穫量は最盛時の40パーセント程度まで落ち、紀元前2000年頃には、シュメール帝国は崩壊、やがて文明の中心は、北方のバビロニアに移っていった。

② インダス文明
インダス文明は、紀元前2500年頃、モヘンジョダロを中心にインダス河流域に成立した都市文明である。
文明を支えたのは氾濫灌漑農業で、氾濫による沈泥を利用して、農業を営んだとされる。紀元前1800年頃から衰退期に入り、紀元前1500年頃滅亡する。
滅亡の原因については、アーリア人の侵入、大洪水、河道遷移など諸説あるが、気候変化によるとする説は次のようなものである。
5000年前以降、気候が寒冷化し西ヒマラヤ一帯の積雪量が増加、ヒマラヤから流れ出る河川は、積雪量の増大により、春先の流水量を増加させ氾濫、氾濫灌漑農業の発展を可能にし、都市文明が形成された。
文明の衰退期にはユーラシア大陸は再び温暖期に入り、積雪量が減り、春先の流水量が減少し、それに依存した農耕社会に打撃を与え、それがインダス文明衰退の因をなしたと考える。

③ イースター文明
イースター島は面積120平方キロの太平洋の孤島である。人が初めて住み着いたのは5世紀頃と言われる。
当時、種類は少ないとはいえ高木を含む植生が島を覆い、人々は、栽培可能なイモと鶏を食料にして生活していたとされる。
人口は徐々に増えたが、何故か行われた巨大な石像建設のため巨大な石を運ぶ必要があり、人力しかない島内では木を切り、木をコロにして巨石を運ぶこととなる。島内の300を超える祭祀所に1－15体の石像が建てられたが、そのため森林伐採を続け、島の森林減少は進み、終には木製のカヌーも作れなくなる。また、裸地の増加による土壌流亡で作物の収量も低下し、1550年頃に7000人にも達した人口を支えることが出来なくなる。枯渇する資源を巡り恒常的戦乱となり、文明は崩壊した。1774年にジェームス・クックがこの島を調べた時には、600－700人の人々が原始的な生活をしていたという。
―以上①－③の記述は1995年版環境白書による－

④ 古代文明と環境問題との関係につては他にも数々の例があるが、
  • 灌漑技術の展開によりその成果を享受するが、灌漑という文明技術の齎した塩害が因で衰亡したシュメール文明
  • 気候変動の影響で衰亡したインダス文明
  • 森林資源を失うことによる悲劇を見通せなかったのか、或は気づいていても石像建設という時の勢を止めることは出来なかったのか、森林資源喪失で衰亡したイースター文明
ここに取り上げた3つは、各々違う因で文明が滅亡したことを示している。その因果関係は、今日、我々が直面する問題と類似したものがあり、我々に教訓を残している。

⑤ この時代は人口も少なく、移り得る土地もあり、人々は、その場所での文明が滅んでも他の場所に移り、生活を、また、新たな文明を再建することも可能であった。
地球上に66億人の人々が住み、地球上隈なく国が作られている。それぞれの国は独立、不可侵を建前としており、ある国が衰亡したからといって、他国へ移る自由はない。
こうした中で、地球温暖化などにより、地球規模の変動が起りつつある。これにどう対応していくかについて、新しい考え方、方途が求められている。

石坂　匡身　H21.8.26
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